2012年1月 ハワイ州観光局(SCP)

2011年春頃から動いてきたハワイ州観光局の仕事が決まった。正式稼働は2012年1月からである。もともとはソーシャルキャピタル・プロダクションが企画した「富士山写真 in ハワイ」がきっかけだ。

22名の彼らは既に仕事を引退し大半が年金暮らし。趣味で富士山の写真を撮り続けていた。生きている間に海外で自分たちの写真展を開いてみたい、そのようなアマチュア写真家集団の夢が風に乗って我々の耳に届いた。訪問し実際の写真を見て驚いた。芸術性が高く、しかもデジタルカメラが当たり前の昨今で銀塩フィルムにこだわっていた。真冬に富士山と同程度の標高のある山に登り、日の出が富士山頂と重なる瞬間を狙いすましシャッターを押す。麓に降り、現像してはじめて自分の写真を確認できる。そのような手間暇、そして実力体力を要することを70~80歳の体でやってのけていた。

彼らの夢をお手伝いすべく、距離や言語、文化面、そして日本の血が流れるハワイでの開催が最適だろうと判断し、特段の仕事もなかった我々は何も考えず即座にハワイに飛んだ。そして交渉を重ね現地の協力を得、なんとか無事写真展を開催できたのだ。

そのハワイといえば自然豊かな常夏の島、そして日本との関係の深い観光地との印象が強い。しかし実際のところ現地政府の認識は違っていた。力をつけてきた途上国からの観光客が多くなり、多額のキャッシュでブランド品などを扱う小売業者を喜ばせていたのだ。そこに政府として危機感を感じていた。ブランド品目当ての観光客は悪いことではないが、常夏の島の小売業者がそこに依存してしまうと、ホスピタリティの方向が変わり、大自然ハワイのイメージも変わってしまう。

ハワイのツーリズムを元に戻したい。今後20年30年続くようなアロハ精神のあるハワイのツーリズムを。その声に我々は共感し、また現地政府も写真展のような文化活動をしている我々を注目してくれたことから、全く未経験である観光業に携わることになった。政府の仕事なので一般入札の結果次第だったが、2011年秋に入りかかる頃、ハワイから「入札に勝った!」との連絡があった。その晩は、視界50%の雲行きの中でも諦めず走って来たソーシャルキャピタル・プロダクションの役員3名でステーキ屋にて乾杯した。